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2026-09-07 / OOTD編集部 / 喪服 / 葬儀 / ブラックフォーマル / 服装史 / 平服 / 日本文化

日本の葬儀でなぜ黒を着る?喪服が定着した歴史と今の平服

日本の葬儀で黒を着るのは、古代から変わらない宗教上の決まりだからでしょうか。答えは、そう単純ではありません。日本では時代や地域によって白、鈍い色、黒などが使われ、近世には白い喪服が見られました。現代の黒い喪服は、比較的新しい社会的な標準です。

黒が定着した背景には、明治期の礼服と洋装、公的な葬儀、都市から地方への広がり、昭和の既製ブラックフォーマル等が重なります。 ただし、変化の理由を一つの事件だけで説明できるとは限りません。『昔は白、ある日から全員黒』という一本道ではなく、立場・性別・地域ごとに時差がありました。

この記事の範囲

日本の参列者・遺族が着る喪服の色と洋装ブラックフォーマルの定着を、公開されている図書館レファレンス、研究資料、民俗・産業資料から概観します。地域・宗派・家・時代で例外が多く、個別の儀礼を一つの全国ルールにしません。現在の参列時は遺族・主催者・宗教者・葬儀社の案内を優先してください。

Quick Answer|黒は古来不変ではなく、近代に強く標準化した

  • 近世以前: 喪の色と服は時代・身分・地域で異なり、近世の都市等には白い喪服の例がありました。
  • 明治期: 黒い洋装礼服と喪章、公的葬儀、宮中の洋装化が、黒を喪の記号として広げる一因になったと説明されています。
  • 広がり方: 男性、都市部、女性、地方が同時に変わったわけではありません。昭和初期や戦時中にも白い喪服の地域例があります。
  • 戦後: 洋装化、既製服、百貨店・通販等により、女性用ブラックフォーマルを準備する市場と習慣が可視化されました。
  • 現在: 黒は共有しやすい配慮の記号ですが、家族が『平服』『普段着』『色を着て』と明示した時は、その意向を読みます。
白い近世風喪服、明治期を想起させる黒い洋礼服、現代の黒いスーツとワンピースを並べた服装史展示イメージ

これは史料写真ではなく、変化を考えるための編集部制作イメージです。白・黒の使用は時代、立場、地域で一様ではありません。

最初の注意|『なぜ黒か』に一つの確定答えはない

国立国会図書館のレファレンス協同データベースは、複数の事典・研究書を紹介する一方、白から黒へ変化した理由は必ずしも明らかでないとする民俗事典の記述も示しています。西洋の影響、明治政府の礼服、公的葬儀は重要な説明ですが、全国一斉の法令一つで現在の習慣が完成した、とまでは言えません。

そこで本稿では、『黒の起源』を一点に決めず、①喪に服する人の衣服、②近代国家の礼服、③参列者の共通服、④既製品としてのブラックフォーマルという役割の変化を分けて見ます。

白から黒へ、ではなく|重なった変化

時期・層見られた服装変化のポイント読み違えないために
近世までの諸例未染色の白、白小袖、白上下、鈍色・黒系統等時代、身分、地域、立場で異なる白だけ、黒だけと全国化しない
明治初期の男性・公的場面黒い洋装礼服、黒紋付、喪章等礼服制度、洋装、公的葬儀一般女性・地方へ同時普及ではない
大正末〜昭和の都市女性白い和装から黒紋付等へ移る例都市の写真資料等に変化家・地域で時期が違う
昭和の地方白い喪服が残る地域例都市より遅い変化中央の慣習を昔から全国共通としない
戦後の洋装黒いスーツ、ワンピース、アンサンブル既製服、百貨店、通販、生活の洋装化メーカー史は市場全体の唯一の歴史ではない
現在遺族・参列者とも黒を共有することが多い立場差より参列の共通コードへ明示された自由・平服・色指定を確認

もともと喪服は、誰が着る服だったのか

喪に服する近親者の衣服

公益社の葬祭研究所は、喪服はもともと喪主をはじめ、喪に服する近親者が着るものだったと説明しています。『イロ』と呼ぶ地域があり、未染色の白い素材を指した例、江戸時代の都市で白上下や白小袖が使われた例も紹介しています。

参列者全員の制服ではなかった

近親者以外の近所の人等は、普段着または多少改まった服で参列し、もともとは喪服を着なかったという説明があります。後に遺族以外も黒い礼服を着るようになると、服喪する人の服と、葬儀へ参加するための服の境界が薄くなりました。

色は悲しみの深さを測る物差しではない

白い喪服が黒より悲しみが浅い、黒が白より正式という普遍的な上下関係は作れません。色の意味は、社会が共有する記号と儀礼の中で変わります。現代の黒も、感情そのものではなく、場へ配慮を示す共通言語として働きます。

明治期に黒が見えやすくなった理由

洋装礼服と喪章

国立国会図書館のレファレンス事例が紹介する研究では、明治新政府の文官礼服として黒い大礼服が制定され、その礼服に喪章を付けたものが喪服として用いられたとされます。西洋で喪を示す黒と、近代国家の礼服が、公的な場で結びつきました。

公的葬儀が見本になった

同レファレンスは、1878年(明治11年)の大久保利通の葬儀等を、上流層で黒が浸透する過程の例として紹介しています。宮中の洋装化と黒い喪服の採用も、都市社会へ影響したとする民俗学的な説明があります。

黒紋付は弔事だけの色ではなかった

京都府の京黒紋付染の解説は、明治維新以降、黒紋付羽織袴が国民の礼服となり、黒紋服が祝儀・不祝儀の儀式に使われたと説明します。黒は当初から葬儀だけの専用色だった、と単純化できません。黒留袖等の婚礼衣装にも黒染技術が使われます。

黒が標準になるまでの4つの時差

ROLE

遺族と参列者

喪に服する近親者の衣服から、参列者も共有する礼服へ。着る人の範囲が変わりました。

GENDER

男性と女性

都市男性の洋礼服・黒紋付が先に目立ち、女性の白から黒への移行は後の写真にも見られます。

PLACE

都市と地方

大正末〜昭和の都市部で黒が見られる一方、地方では戦時中まで白が残った例があります。

FORM

和装と洋装

黒紋付と黒い洋服は同じ一着ではありません。生活の洋装化と既製服市場が別の段階を作りました。

自宅で現代の黒いスーツとワンピースを確認し、紫の弔事用袱紗、黒無地ハンカチ、通気する保管カバーを用意する日本人

今の黒は、必要な時に同じ配慮を共有しやすい仕組みでもあります。服の歴史と、今日の個別案内は分けて確認します。

戦後、ブラックフォーマルが『準備する一着』になった

既製の黒いドレスが売場に現れる

東京ソワールの企業沿革では、1965年に百貨店売場で現在のレディスブラックフォーマルにあたる黒いドレスを発表し、1972年には通信販売へ進出したと記録されています。一社の歴史を市場全体の起点とはできませんが、黒い礼服が既製品として選び、保管する商品へなった時代を具体的に示します。

サイズと季節を越える標準

和装の着付けや貸衣装だけでなく、ワンピース、ジャケット、スーツを既製サイズで購入できるようになると、急な参列へ備える方法も変わります。売場、通販、広告、フォーマル小物の提案が、『黒一式』の視覚的な標準を強めました。

標準化は永遠の固定ではない

国立歴史民俗博物館は、高度経済成長期以降の都市化、家族の個人化、葬儀社の進出、葬儀の商品化、小規模化・多様化を研究対象としています。服装も、家族葬、無宗教葬、故人らしい色等の要望によって、再び一様でなくなり得ます。

『平服で』は、普段着でよいという意味とは限らない

現在の案内で『平服』と書かれている場合、文脈上は正喪服ほど格式を上げず、地味なスーツや控えめな服を求めていることがあります。神社本庁も、知人の通夜への地味な平服の例としてスーツ等を挙げています。平服=Tシャツや部屋着、と自動変換しません。

一方で遺族が『普段着で』『黒でなくてよい』『明るい色で』と具体的に伝えたなら、その言葉は一般論より強い情報です。迷う時は、遺族へ細部を何度も聞くより、案内を出した窓口や葬儀社へ『黒いダークスーツ程度でよいでしょうか』と具体案で確認します。

言葉の違い|今の案内を読む

案内まず受け取る意味確認したいこと避けたい解釈
喪服で一般的な弔事用の装い遺族・参列者、宗派、会場、季節黒なら仕事着でも同じ
略喪服で正喪服より一段抑えた一般的参列服ダークスーツ等の可否装飾を自由に足す
平服で格式を上げ過ぎない地味な服黒・濃色、ネクタイ、和装の程度部屋着・レジャー着
普段着で遺族が通常の服を意図する可能性色や避けたい服を一度確認一般マナーで黒へ上書き
黒でなくてよい色指定を緩める明示華美・露出・会場条件祝いの盛装まで可
指定なし一般的慣習を基準に確認関係、式種、地域、家族の意向歴史記事だけで当日服を決定

黒を着る意味を、値段や濃さだけにしない

高い黒ほど悲しみが深いわけではない

ブラックフォーマルには染色、織り、縫製、裏地、濃色表現等の価格差があります。しかし参列者の気持ちは、黒の濃度やブランドで測れません。サイズが合い、清潔で、式の案内に沿い、遺族の負担を増やさないことを先にします。

宗教・地域・家の言葉を優先する

仏式、神式、キリスト教式、無宗教葬でも、さらに地域・家・会場で実際の運用は変わります。黒の歴史を知ることは一般的慣習を絶対視しないために役立ちますが、個別儀礼の作法を省略する理由にはなりません。

装いは悲しみをそろえるためではなく、判断を減らすため

急な別れの場で、参列者が目立たず、遺族が服装説明に時間を使わずに済む。黒い喪服の共通性には、その実務的な役割もあります。明確な別指示がない時の基準として使い、指示がある時は柔軟に外します。

歴史と当日の判断を混ぜない8項目

  • 日本の喪服が古来ずっと黒だったとは考えない。
  • 白から黒への変化を一つの事件だけで断定しない。
  • 遺族と参列者、男性と女性、都市と地方の時差を分ける。
  • 黒紋付と洋装ブラックフォーマルを同じ服として扱わない。
  • 現在の黒を悲しみの深さや値段の競争にしない。
  • 平服、普段着、色指定の文言を区別する。
  • 個別の宗派・地域・家族・会場の案内を優先する。
  • 迷う時は関係者へ抽象語でなく具体的な一組を示して確認する。

よくある質問

Q. 日本の喪服は昔から黒だったのですか?

A. いいえ。時代、身分、地域、立場で異なり、近世には白い喪服の例があります。現代の黒い喪服は、明治以降の洋装・礼服、公的葬儀、都市化、既製服等が重なって標準化しました。

Q. 喪服が黒になったのは西洋文化の影響ですか?

A. 西洋の黒い喪服と明治期の洋装礼服は重要な一因とされますが、それだけで全国の変化を説明し切れるとは限りません。宮中・公的葬儀、黒紋付、都市と地方の時差等も含めて考えます。

Q. 昔の日本ではなぜ白い喪服を着たのですか?

A. 未染色の白い素材を示す地域語や、近親者が喪に服する衣服としての白い小袖・上下の例があります。ただし白の意味も時代・地域で異なり、一つの理由へ断定できません。

Q. 黒い喪服が全国へ広がったのはいつですか?

A. 一斉ではありません。明治期に都市男性の黒い礼服が見られ、大正末から昭和に都市女性の黒い喪服が広がる例がある一方、地方では戦時中まで白が残った例もあります。

Q. ブラックフォーマルはいつ普及しましたか?

A. 戦後の生活の洋装化に加え、1960年代以降に百貨店や既製服売場、1970年代の通販等で女性用ブラックフォーマルが広く提案された企業史があります。市場全体の起点を一社だけには定められません。

Q. 葬儀の『平服』は普段着という意味ですか?

A. 必ずしも同義ではありません。正喪服ほど格式を上げない地味なスーツ等を指す場合があります。『普段着で』『黒でなくてよい』と明示されている場合とは分けて読みます。

Q. 遺族が明るい色で来てほしいと言ったら黒を着るべきですか?

A. 具体的な色の希望は一般論より重要です。華美さや会場条件等を確認しつつ、案内を出した遺族・主催者の意向へ合わせます。迷えば窓口や葬儀社へ具体的な服装案で確認します。

黒い喪服は、古来不変の本能的な色ではなく、社会が時間をかけて共有した服装です。

白い喪服、公的な黒い礼服、都市と地方の時差、既製ブラックフォーマル。その重なりを知ると、今の黒を尊重しながら、遺族の別の希望にも落ち着いて応えられます。

参考資料

資料は2026-09-07に確認しました。喪服の白・黒の歴史、明治期の礼服・公的葬儀、都市と地方・男女の普及時差、黒紋付染、戦後の葬儀変容、既製ブラックフォーマルの企業史、現在の平服表現を図書館・大学・博物館・行政・宗教団体・専門機関資料から整理しました。歴史的変化の原因は単一説に断定せず、当日の服装は個別案内を優先してください。